8月7日(水) 小さな箱・大きな声

元同僚の金山さんから鎌倉近代美術館100年会の会報、創刊号が届いた。
彼は鎌近の保存に向けた活動しているのだ。
建築って歴史文化だと痛感。
タイトルの「小さな箱」は鎌近
「大きな声」は`75出版の坂倉準三作品集の題名。

コラムご覧の方のご指摘。「お盆に弟さん帰ってくるのでは?」
頭痛のタネ、GWにマカセナサイと書いたが、あと3日じゃないか・・
どうも最近提出間際の爆発的パワーが不足ギミ。
家族は「何でもいいんじゃないの、とりあえず書いとけば・・」
こいつ何も分かっちゃイナイ、ナサケナイ。
まだ描いてない自分が一番悪いか・・・嘘つき兄となる日?

8月6日(火) ヒロシマ
「原爆の日」
原爆ドームの軸線上のピースセンター。
私はあのピロティーの下で十数年前に二年続けて野宿している。
陳列館も築50年となる。
若き集団丹下研究室には当時、施工・監理ノウハウは全く無かった・・。
前川国男事務所の創設期からのメンバーであった道明氏が丹下研に招かれる。
そしてピースセンター、愛媛県民会館、香川県庁舎・・・と日本の近代建築の代表作を
造り上げていく。しかし監理専従のその存在は脚光を浴びることはなかった。
「我々丹下研の者は皆、道明さんに現場のイロハを教わったんだ、調べてみないか・・」
恩師の言葉に、陰に隠れた歴史をたどることに・・・

今月、同じく丹下健三氏により平和祈念館がオープンしている。

8月5日(月) 犬の手
深夜の作業中です。
わが家の犬乱入。
お前が図面書けるなら、いくらでもジャーキー食わしてやるよ
8月4日(日) 建築家を育てるために
本棚の雑誌の背表紙をながめる。
次世代の建築家を育てるために」建築ジャーナル1999年5月号
購入すれど読む余裕のなかった時期だな・・読み続けると・・おや?
恩師、阿久井先生が「ネパールの山奥から日本を振り返ってみる」と題し
大学の建築教育の現場を評している。
私の学生時代、電機大で設計目指す研究室と言えば阿久井研とF研。
F教授といえば自らをプロフェッサー・アーキテクトとはばからず、ポルシェにて通勤の方。
一方A教授は、いつもしょぼくれたスタイルで、愛車はカローラバン。
当然A研志願。
ここで私は今の自分の建築観をに多大な影響を与えた運命的な研究テーマを授かる・・
これについては必ずもう一度まとめることを誓う。
雑誌記事のネパール、先生は一体何しに行ったのか?。
我々の卒論発表時もモロッコにデザインサーベイ行ったきり戻ってこなかったな。
テーマは与えるがホッタラカシ

一つの大きな大きな教え
卒業数ヶ月後に大学より設計作品集が送られてくる。
私は就職しなかったのだから肩書きが無いのだが、進路の欄、なぜか・・
「フリーデザイナー」となっている。
作品集の編集者は阿久井教授。
コレを私は「君は独立の道を歩みなさい・・」の教えと勝手に解釈・・・
師も昨年退官されたが・・・・真意は不明
うぬぼれかも知れぬが、あの肩書きを現実のものにと思っての・・今かな。

8月2日(金) みっかぼうず
クセになっているギックリ腰・・・・やってしまった。
歩く姿は老人と呼ばれてる・・・
コラムは書き続けているが、腹筋は相変わらず、みっかぼうずの根性無し
仕事場の入り口写真にて本日はゴマカス。
8月1日(木) 後半戦突入
8月だな。
お盆をはさんで今年の後半突入といったところか。
PJの動向も年内・来春竣工着工、寒くなる前に竣工等
この8月が起点となる。
住宅となれば設計・監理共に相当エネルギー必要。
幸い、ここしばらくは現場より解放される。
基本設計はイメージ先行、逃げはいくらでもあるが・・
実施設計となれば、どれだけ時間をかけ、図面を書き込めるか・・・勝負どころ
と、いうわけで・・
この夏は如何に外に出ず、薄暗い事務所で図面に向かって不健康な生活が送れるか・・・

それにしても、現場。本当に出来てしまうことの感動と共に待ったなしの緊張感、プレッシャー。
只今、現場動いてないので一瞬、安堵にて気絶状態。

7月31日(水) 他人の家を勝手に楽しむ
雑誌を見てたら海が見える建物の記事があったと、参考にと遠方の知人がわざわざ購入、送ってきた。
HPいつも見てくれてるが、このテーマやはり皆アコガレ持つようだ。
他人の家なのに自分の家を建てるかのように勝手に、楽しんでくれている。

本日新規案提示の約束。真っ青なりながら描いていると、こんな日に限って来客、打ち合わせが続く。
結局未完。明日に変更を願うことに・・・。
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