8月27日(火) 出身
ここ数日のコラム、自身の職能への思い揺れてたかも。
本日、藤島町出身とのM君より感想、激励メールいただく。
土曜の盛岡でのセミナーでは、発表の後に藤島町出身という記者に
これまた励まされた。双方とも私より若い世代である。
チト、闘争心に火がついた。彼らにではない、自分に。
のんびりは、してられない。
8月26日(月) 24時間営業?
すっかり更新忘れ爆睡。
深夜3時FAXから、助っ人ママさん設計士、小枝ちゃんに依頼した図面が
流れてくる。着信音でおもわず目が覚める。
緊急依頼しときながら、当方は事務所で寝てました。
設計事務所って24時間営業?
8月25日(日) 対象外
土曜、盛岡での会議
JIAの
考える建築家像は、やはりデザインあっての存在なのか?
建築家にとっての市民とはそもそも設計に理解のある特定上質人種をさすのか?
私のつぶやきは、力をもたないのか?叫べばいいのか?
確かに自分は東京においても、山形においても建築家道の主流の事務所を経てきた。
そして今は設計すら認知されぬ土地で建築家を名のるわけだ。
現況に卑下など全くしていない。建築家像不毛の地だからこそ見えてきたものがある。
デザインは建築家にとっては快楽だ。だから皆低いフィーにもこらえてきた。
でも一般化、大衆化はしていない。
しかし軽視、差別してたのは建築家のほうなのでは?
どうも私の話、煙たかったようだが、デザイン仲良し倶楽部の東北支部なら興味ない。
自己研鑽というが職能の幅があまりにも狭められている。
会員減少止まりませんよ。

今朝は早々に宿をでて、東和町にある弟の嫁さんの実家にまわる。
同居に向け、建て替え予定なので、ついでに様子だけ見てくる。すーんごい山の中。
田舎の普通のご両親だが、農作業の合間にお話。

数十分しか離れぬ場所で、昨晩、デザインどうこう語った方々にしてみたら
この家族は要望、設計認識からして、ハナから顧客の対象外でしょう。
それでいいのかってことを言いたいんです。

8月23日(金) 庶民のための建築家
明日の建築家協会発表どうしようか・・
タイトルは「建築家?」などと宣言しといたが
多分、他県の方々は「これが私の作品です」とスライド、バンバン使うのだろう。
舞い上がってしまっちゃ、おはずかしい、原稿を今、書いてます。
セミナーのテーマは「建築家として生きる」なのだが、それが作品発表会じゃ
結局、いつもの建築家ムラのイベントに過ぎないのでは?
いつもケチつけてばかりかも知れぬが、今回は参加。言う資格はあるだろう。
原稿書きながら考える。私の建築家としてのテーマ。
庶民のための建築家。敷居を下げましょ。おもいっきり。
顧客に喜んでもらうのが一番でしょ。

どうも持ち時間相当余りそう・・
東北支部大御所による批評あるらしい、ならば先にこちらから質問攻めしておこう
Q・あなたはどの瞬間から建築家になりましたか?
8月22日(木) 怒るANDO
今月のCASAブルータスは丸ごと安藤忠雄特集。
怒る安藤、笑う安藤、プロボクサーだった頃の安藤・・・
いろんな安藤が見える。
8月21日(水) 西谷陶業の寒川です
四国は高松のレンガメーカー、西谷陶業の寒川氏より、いま酒田市にいまーすとの電話。
一年ぶりの急な登場に鶴岡で待ち合わせ、お茶することに。
東京の事務所時代は最も親密なメーカーであった。山形の事務所時代も念願かない、某町の
老人ホームの工事にて協働。私の居場所が変わっても、ながーい付き合いだ。
外壁は全てレンガ積み、舗装も全てレンガ敷きなんていう仕事やってたんだよなー・・・。
前職時代は住宅でも一緒に仕事できたが、ここのところの私の案件では残念ながらご縁が無い。
この素材感、庄内で普及、実現と思っていたが・・・どうも嗜好が違う、ムズカシイ。
営業車30万キロ走行にて遂に限界と、本日は山形駅からレンタカーでの登場でした。
夕方、東京の某設計事務所より呼び出され「帰りまーす」
「またね」
8月20日(火) 無題
夜は鶴岡・田川建築士会の会合。
「鶴岡のまちづくりについて」だが個人的にも様々な構想抱いているが、
公表できるようにと考えるとそのプレゼンテーションには相当なエネルギー要する。
アイディアだけならいっぱいあるが、頭の中、見せてあげられないのが、残念。
表現する余力なし、口だけなら動かせるが・・。
今週はこの他、週末は建築家協会セミナーあり、積極的に活動すべきか・・
業界活動には興味ないが、社会活動と考えひとはたらきするか。

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